2019年6月13日木曜日

お母さん

私は、小さな頃からお母さんと問題がありました。
それがなかったら、セラピストにはならなかったと思います。
そして、セラピストになってから、たくさんの人たちが、
母子関係の問題を抱えていることも知りました。

私のお母さんは19歳でお母さんになりました。
東京に行って、着物の縫製をする学校に行き始めた時に
私がお腹にいることがわかって、新潟に帰りました。

子供はずっと欲しかったから嬉しかったそうです。

若い私のお母さんは、いろんな間違いをしました。
お母さんも赤ちゃんお母さんから大人お母さんになるのですから
当たり前のことです。

でも、私は理想のお母さん像をお母さんに期待し、勝手に裏切られたように
思ったのかもしれないと今は思っています。

お母さんにこうしてもらいたい。
誰もがもつ理想像ではないでしょうか?

でも理想は理想です。
お母さんは理想ではなく人間です。
一人の人間が、自分を産みたいと思い産んでお母さんになったのです。

私は、ずっとお母さんの間違いを許せませんでした。
彼女に『されたこと』ばかり見ていたからです。

でも、愛ってどれだけ相手を理解したかということを考えると、
私は、お母さんを少しも理解しようとしてこなかったことに気づきました。

見て欲しい、理解されたい、愛されたい、こんな風にされたい、助けられたい。
欲求ばかりに目がいっていました。

セラピストのせいか、生前の記憶があって(確かではありませんが)、
私は、お父さんとお母さんを選んで、彼らを助けたくて生まれて来たのを
覚えています。

なのに、お母さんのして来た間違いを責めてばかりで、
子供としてどれだけお母さんを理解したのかを見てこなかったんだとわかりました。

それも、最後にメールのやり取りをして私の間違ったこの考え方で
お母さんの心を閉じてしまったのです。
そこに、ムーがお前はお母さんとどうなりたかったのか?
お前の考え方とやり方が間違ったんだよ。
と言われて、それまでお母さんを悪者ばかりにしていた自分に気づいたのです。

私のゴールはただ愛したかった。
理解したかった。
いろんな間違いがあったけど、信じたかった。
抱きしめたかった。

7年前に最後にお母さんに会った時、なぜか無性に彼女を抱きしめたくなったのを
今でもはっきり覚えています。
でも、素直になれず自分で、自分を強く止めたのを今でも後悔しています。

お母さんのおかげで、今生きてお母さんよりも大きく強くなった私は、歳をとって
小さく弱くなっていくお母さんを抱きしめたかった。

いろんなことで苦しいこともたくさんあるけれど、
お母さんが私を産むと決意して、下手なりに頑張って育ててくれた事実を
絶対に忘れてはいけないと今は思うことができます。

そして、私はお母さんを理想のお母さんじゃないからという理由で、
自分の胸の中に入れることもして来ませんでした。

でも、やっと今、お母さんを自分の心に常に入れて置くことにしました。
寂しかったのは、自分の心の中に彼女を入れなかったからだと思います。
今は、お母さんを誇りに思います。孤独感も無くなりました。
でも、もし会えるのなら、やっぱり彼女を抱きしめたいです。
小さな頃、手を繋いで寝てくれた母の手を一生忘れません。

ただ理想と違うというだけで、
真実を愛さないなんてエゴイスティックでした。

子供を思わない母親なんていません。
ただ、愛することの本当の意味が理解できならできないのです。

赤ちゃんに、大学論文を書かせようと思っても無理なのと同じです。

そしてお母さんを思わない子供なんていません。
ただ、お母さんを愛することの本当の意味が理解できないならできないのです。

たくさん遊びたかっただろう若い頃に私と妹を育てた母。
可愛いけど、きっと学校の勉強はできなくて、コンプレックスを持ってた母。
若い頃は、綺麗だった体も、産後に太ってコンプレックスを持った母。
お母さんもお母さんにどうやってなったらいいかわからなかった母。
子供と上手く接することができなくて、ストレスを感じてた母。
お父さんと上手くいかなくて、辛かった母。
お金がなくて、不安だった母。
もっといいお母さんになりたかっただろうであろう母。
自分を反省して、改善すればいろんな問題を解決できると知らない母。

私は、もう二度と私の勝手な理想の母と、お母さんを比べて責めたりしません。
そして、また会えるなら、なんの言葉もいらないから抱きしめさせてください。