2014年5月6日火曜日

過去を過去に

こんにちわ。この間、レジで支払いのとき10%引きのクーポンと夫が財布を忘れた事に気付き、私の財布も少し足りなくって困っていたら、サッと次の人がクーポンを快く出してくれた事に感動した涼子です。
そこで、申し出る事も、自分で使えるのにサラリと見ず知らずの人に差し出したのも凄いなあ。と感心しました。私もこんな人になりたいな。

今回も過去についての続編。
そもそも癒しとは?
みな多かれ少なかれ心の傷をもっている。

その傷を見ないようにも生きれる。
その傷を見るばかりにも生きれる。

私はどっちも心がモヤモヤすると思う。
綺麗事でフタをして、傷を無かった事にすることが癒しだと勘違いしていた時期があった。
それは、見ないように自分を誤摩化しているだけだと気付いた。
それは私の求める癒しではない。

小さな頃どんなに母を愛しても思っても、傷つけられてズタズタになった心。
いま、何度手紙を書いても何の返事もこない現実。
自分の思う母を求めても還って来ないけれど、彼女が仕合せになってほしいと思う気持ちは1ミリも減らない。だから苦しい。

私は傷ついた過去を勲章にできる強さを養うことが、本当の癒しだとおもう。
それには過去はもう過去だとそのまま受け止めて、その傷を負った自分として今を活きると決意する必要があると思った。

それにはたくさん涙を流すしか無い。
心の傷と向き合った時にしか出ない涙は、波の様に引いたり来たり。
だから、涙(波打)なのかもしれない。
その波に身を任せて、落ち込むときは落ち込んでしっかり自分に寄り添って泣いてあげる必要がある。

今を活きると決めて過去を過去にする作業の波は、必ずいつか収まるから、無理して笑顔にならないで、弱った自分に寄り添ってあげて。

私も沢山泣いている。
生涯癒し。
どんな過去も輝きに変えられるはずだから。