2015年4月27日月曜日

理由はいらない

今年中に、中級の上のテストを受かろうと頑張ってたけど、狙っていた自由大学の入学は9月の一回しかないのを同僚に聞いて、どう逆算しても無理だとわかり、これは自然の流れじゃなのだと、来年までに伸ばしたら、ものすごい気が 楽になり自由になった。

無理して頑張りすぎてたな〜。
心は悲鳴あげてたのにね。
だから、欲って怖いわ。
欲で何にも見えなくなる。
目の前の景色も、感覚も薄くなる。
ふう。
おかげで重い足の鎖がとれて自由になった爽快感♫
ゆっくりと生活の感覚を味わいながら、確実に試験に挑もうッと。

そもそも、大学に入りたいからと頑張るもんじゃないしね。
ドイツ語はどの道必要だもん。
ベルリンでは、英語話せる人はドイツ語必要ないって感じらしいけど、
でもさ、私はドイツ語で話合いたい!
理由は無い。ただ、やりたいだけ。
この間まで、日本からはるばる会いに来てくれた仲間。
ただ会いたい。一緒にいたい。
その気持ちだけで動くのが愛だろう。
なのに、頭で色んな事考えちゃう。
これやってあげたい。あれもこれも。
あれ出来なかったとか。
でも、
基。
会いたかった人に会えた。
それ以上何も要らないんだとわかった。

そのTちゃんとの待ち合わせの、いつも宿題をするカフェのアラブ人のオーナーと、神の話になった。彼はイスラム教。
私は、神がある!とも無い!とも言わない。
神を信じてもいないし、疑ってもいない。
そこにあるものだと思ってる。
そしてイスラム教に同じ様な感覚があって
宗教のとても深い話に釘付けになった自分。
こっちで出来た仲間も当然イスラム教は多い。

理由は要らない。
ただ、心が惹かれる。
その彼の奥さんは、美人でふだん笑わないんだけど、
私が、イスラムの聖典ってどこで借りれるの?図書館?
って聞いたら、『私がドイツ語の聖典もってるからあげるわよ』と
ニコニコしながら言ってくれた。

イスラム教だからとか、キリスト教だとか、無宗教だからとか
なんの理由も私には不要。
ちなみに、私が入信しないの解ってるからか、私の仲間はどの宗教でも入信しろと一言も言わない。言われても断るけど。

ただ、やりたいか?やりたくないか?
それだけの自由な世界にいつも居たいといつも思う。