2015年3月1日日曜日

人間らしく

Hallo!
この間、長女の学校の先生が家庭訪問に来て、先生&家族で2時間スゴロク(みたいなの)したりょうちんです!
ほんとに、ドイツ来て思うけど、こっちの人って人間らしい。
私は、人間臭いの大好きだから肌に合う。
ベルリンは都会の汚さも、自然の美しさも共存する。
ベルリンに住む人をベリーナと言うんだけど、自分がベリーナだということを誇りに思える。産まれはトッピー(栃尾人)。もちろん、これにもエッへん!

ドイツ語学校も面白くって、先生の話聞きながらお菓子や果物をバリバリ。
もちろん、先生もコーヒーやパンをパクパク。
黒板は写メ。でも、先生の話をよ〜〜〜〜く聞いてる。
私も質問攻め。そこには上下関係というのはない。ただの人間関係。
そういや先生が中国の男の生徒の名前を1ヶ月たっても間違う。覚えられない。
で、昨日なんて、また間違うから両手合せてホントにごめんなさい。許して。
って(笑)。やっと最後に始めて言えて、もの凄い喜んで自分を褒めてた(笑)。

今日は、新しく出来たモロッコ人の友人と図書館に行った。
二人とも話せない同士、それ違う!こう!とか二人で間違いを指摘し合いながら話をする。
彼女は、この前までフランスに居た。
英語とアラブ語とフランス語を話す。
彼女は日本が好き。無印大好き!日本食も。
しかも、さっき夫に髪切ってもらいに来た男友達の髪の毛は柔らかいから嫌だって言ってたから、私の太い髪を触らせたら、これはヨーロッパ人の憧れだよ!なんて。
ヨーロッパ人は日焼けしたがるし、鼻が高いのも嫌らしい。

ほんとに、日本をでて見える日本の良さと悪さ。そして、それを全部ひっくるめて日本を愛している自分に気付く。

こっちきて、苦しい思いたくさんして、強くなった。
たくさん傷ついた。
でも、その傷の分、愛が深まった。

人間関係は傷ついてなんぼなんだって解った。
本当の愛って傷つくんだ。傷つかないように傷つけないようにと思って付き合っているのは人間関係じゃなくて、社交辞令だってわかった。
本気で相手を愛していたら、腹割って話合わなきゃいけない。
さっき長男に、『他の家の親は子供が楽しむ事をしてあげるけど、家はそうじゃなくてとことん話し合いをするでしょ?パパとママは絶対に僕たちを諦めない所が違う所だって思う。子供にわがまま言われて、面倒臭くなって楽しい事を与えた方が楽なのに、諦めないでくれてありがとう』って。
とことん話合う中で互いに傷つけ合う。もちろん感情的にもなる。
でも、そのあとは必ず、どういう気持ちでいるのかを時間かけて話合う。
本当の事誤摩化して、楽に流される事を学ばせたくない。
嫌な事があったら、逃げるのではなく、それを直視する力をつけてもらいたい。
それが出来ずに仕合せにはなれないと信じてる。

なぜなら、人は人間らしく人間と付き合うために産まれて来たと思うから。