何事も無いように、叱られないように生きる。
日本人を知っている外国人が言う。『日本人は批判によわい』と。
だって、叱られないように生きるのが目的なんだもん。
誰にも迷惑かけないように、それで叱られないように。。
でも、それって空しくないかな?
この前長男が、『叱られないように頑張る』って言って???とおもった。
そこで、例をだした。
そもそも何で叱るか?
ママが道をあるいてて、その先に人食いライオンが待ち伏せしてる。でもママは知らずに歩いてる。どうする?
注意する!と長男。
それでもその注意を聞かないで歩くならどうする?
大きな声で止める!
それでも聞かなかったら?
ママを倒してまで止める!
長男がしていることは叱ってること。
叱るって然る。
その人にとって然るべき道は他人しか見えないのかもしれない。
だから、叱る。
自分じゃ見えない。目の前しか見えないから。
でも、自分から離れている人はよく自分を見てる。
自分よりも、先の危険を教えてあげれるだろう。
私は、子育てを間違った。このまま先にいけば子供がダメになるのを
夫が示してくれる。私は近すぎて見えない。
叱ってくれる人。それは 自分を愛してくれる人。
その人を愛そう(合そう)。なぜ叱ってるのか?ちゃんと聞くべきだ。
みんな間違う。
叱られたくないなら、1人になるべきだ。
誰とも付き合わないなら、だれも叱らない。
褒めて育てろっていうけれど、褒めて育つのは変なプライドだけだろう。
わざわざ褒めなくても、実力があれば結果がでる。
その結果は自分で自分を褒めれるだろう。
人に褒められる為に生きるのは嫌いだ。
人に叱られないように生きるのは愚かだと私は思う。