2012年4月17日火曜日

もっともっとしなきゃ病をかおりさんに癒してもらって落ち着いた涼子です。
頑張ってる時って、自分が疲れてる事に全く気付かない。
でも疲れると、わざわざ疲れる事を自分でして(類友)イジメて喜ぶから、セラピーを受ける気にもなってませんでした。色んな物が割れたり、鍵を忘れたり、メッセージは来てたのに、、。受けて落ち着いたら、人生の味わいを無駄にしたな、、、と反省。
プラスから0へ。0からマイナスへ。この揺れを楽しもう!

0(ゼロ)はインド人が考えたと聞きました。さっき新聞読んで、インドの経済に関する数字が、間違いだらけ、、という記事をみて、”あの人達らしいな〜。”と思いました。
インドに行った事のある人なら、正確な情報の方が驚く!はず。
多分、無理だと思うし、それを求める方が陳腐なのかも、、。
アーユルヴェーダの通信教育のテキストも5回くらい催促、、の末、結局ダメだから、ボスに直談判したら、そそくさとやっと送って来たり、インド取引は上手く行くときの方が凄い!と思う。
それは、良いとか悪いというより価値観の違いだと感じます。

インドに住みたくない理由は、宗教と交通問題です。交通はたった数センチの車間距離と、車線の区切りのなさ、クラクション対話、、、そんな中で、8歳と5歳くらいの男の子、多分兄弟が、ボロボロの服を着て、道路のど真ん中で新聞を売っている、、。
それを、日本人の人にいうと可哀想、、、。という人が多いけれど、その子の目の輝き、新聞を買った人にありがとうと言われて、とっても嬉しそうな笑顔を見ると、日本人には少ない活きる力を強く感じます。

一長一短で考え合わせると、物質が豊だと心が貧しく、物質が貧しいと心が豊かになるのかも知れません。
でも無さ過ぎず、有りすぎず、、その、中庸のバランスで活きれたら仕合せなのだと思います。

話はゼロに戻って、結婚するまで失恋しつづけた時、いつも自分に『手放しても本物なら戻ってくる』と言い聞かせてました。結局、何十人と手放したまま、残ったのは夫でした。

先生にも、ゼロにして初めて真実が見えると教えてもらいました。
実は去年末に、ハイジを辞めようと本気で考えた事がありました。
ずっと走り続けて疲れちゃったのと、〜〜しなければいけないと自分を強迫して、本当の自分の心を見失ったからです。
一度、頭の中で全部壊しました。

丁度そのころ、成田に家族を送って千葉に居ました。
東京と千葉で精神を病んだ経験がハイジを創るきっかけになったので、その14年前の自分の心に戻る事が出来たのです。
その頃、何もかも上手く行かず、自分が誰なのか?何の為に生きているのか?常に問う日々でした。その時の日記に、”癒しの場を作りたい、強く願えば叶うかな。”と書いていました。そして、ハイジをはじめてずっと走り続けて、自分やハイジの価値が全く解らなくなってしまった。
だから心の中で新潟にあるハイジを潰しました。苦しかった。ただただ涙が出て来て、14年前、自分の価値が全く解らなかったのを救ってくれて育て続けてくれたハイジがやっと見えてきました。
ただ、自分や人を救いたかった初心。
もしかして、ハイジで自分と同じように救われた人が居るのかもしれない。
自分でしてきたそんなことすら見えなくなるほど頑張りすぎてた。
本気でゼロにしないと、真実は解らないと痛感しました。

新潟に帰る電車の中、『自分が行きたい店を作る』って頑張って来た自分を認めてあげる事が出来ました。ハイジが近くなるごとに静かな自信が戻ってきたのです。
続けなきゃいけないって、思うのをやめて続けたいと思えた。
しかし、手放すまで、ものすごく苦しかった、、、。

デトックス症状も手放すこと。
吐いたり、下したり、頭痛がしたり(手放す)よりも、食べる(得る)方が断然楽。

自分の価値や目的を得ようとしてる時は見えない。
悟ろう!と思う気持ちも、得よう!とする邪念でしかないのかもしれません。
そんな邪念を抱くほど、自分の価値が見えなくなってる自分を許してあげて、苦しい人生を生きている自分を認めてあげる。
理想を捨てて自分になりましょう!
ハイジが無くなっても、辞めても、私やかおりさん、OBの人達の価値は変わらない。

まず、心の中で本気でいま自分の持ってるものや状況を0にしてみると、苦しいけれど真実が見えてきますよ。
もちろん、私は死んでみたし離婚もしました♫

本当の自分の価値に気付き安心する、、、そんな和みの場、ハイジに遊びに来て下さいね♫